将来ある若い人々に伝えておきたいこと。

メトロール代表取締役会長

世界一のタッチスイッチメーカーを目指しています。私達と一緒に仕事をしませんか?

松橋章 Akira Matsuhashi
メトロール代表取締役会長/技術士


1924年(大正13年)生まれ、東京大学 精密工学科卒
大手カメラメーカー入社、(株)大手測定器メーカー工場長

1976年 51歳のとき(株)メトロールを創業
1993年 第19回発大賞 田邊発明功労賞
1995年 第15回科学技術庁長官賞受賞 
2005年 第30回発大賞 白井発明功労賞





あなたは、どちらのキャリアプランを選びますか?

企業の方針や分業制などによって、自分の能力を十分に発揮できないまま定年を迎える可能性と、中小企業に入り100%自分の能力を発揮し、会社と共に発展し、30年先を考えたとき、どちらのキャリアプランを選びますか?

メトロールは、IT企業のような急激な発展はありませんが、30年かけて確実に成長し続けています。

特にインターネットの登場は、私達のように技術力はあるものの、PR力の小さい会社でも、知恵を使えば世界中にネットワークを作ることができることを教えてくれました。

この3年で世界中のお客様から注文を頂き、従業員数が2倍になりました。

ただ、会社の規模を追うのではなく、一人一人の社員の創造性と成長とともに強い会社になっていく、お客様の信用があがって行けば、社会の要請で自ずと会社は大きくなって行くものではないでしょうか。



▲発明賞受賞で会長に花束、社内定期パーティーにて

▲CADを使わず、構想を裏紙に自由に手書きする事から、世界初の製品が生まれる。

▲科学技術庁長官賞授賞式にて、田中眞紀子大臣(当時)より


▲30年前に創られた精密位置決めスイッチ第1号
 



「会社選びの前に、自らの志を立てることが大切。
商業ペースの情報に、振り回されないように」

Q: 会長が新卒のころはどんな就職状況だったのですか?

A: 私は終戦直後の昭和22年に大学を卒業しました。当時は、企業が採用試験を行わなかったので、一社、一社、会社訪問をして就職先を探しました。

私は大手カメラメーカーに入社し、2年間諏訪工場に勤務後、東京工場で主にカメラの設計生産技術を担当しました。

工場ごとにバラバラだった設計製図の標準化を委員会で行い、設計の基本を習得し、今から見ればお話にならない数量ではありましたが、量産設計のあり方を学びました。




Q: 若いころの設計者としての仕事の思い出を教えてください。

A: 胃カメラの開発はNHKのプロジェクトXでご覧になったでしょうが、実用3号機の設計も、私一人で行っていました。実はその当時、会社からは「人命にかかわるから危険だ」ということでやめた方がよいと云う意見があり、肩身の狭い思いをしながら、先輩から引き継いだ技術の火が消えないように、合間を見ながら製品開発の為に、医者との打ち合わせの時間を割いていました。

皮肉なことに、私の退社直後、胃カメラは健康保険に採用され、製品が広く普及し、会社にとって収益の柱となりました。

社員として報われることはありませんでしたが、私自身が開発の一翼を担った製品が世の中のためになったことを、今でも技術者としてほこりに思っています。




Q: 創業のいきさつを教えてください。

経営陣と労働組合に失望、そして創業へ
A:
私の就職先のカメラメーカーは、業績が伸び悩み、当時格下の競合メーカーにあっさり抜かれてしまった事から将来に不安を感じ、先輩を頼って大手測定器メーカーに転職をすることにしました。

測定器メーカーでは、電気マイクロメーター・自動定寸装置・三次元測定器など計測分野を担当し、工場長、事業部長を歴任した関係で、会社のマネジメント(経営)に強い関心を持ち、ドラッカーなどの経営書をよく読み勉強をしました。

しかし当時会社の現実は、今とはちがって社長・専 務の派閥争いや労働組合の一律平等主義で、実績をあげた技術者が恵まれた環境になかったことに嫌気がさし、部下2名とともに脱サラしメトロールを創業しました。

すでに51歳、遅すぎた創業といわれました。
(写真右、創業当時のメトロール)→




Q: 世界に通じる会社を目指して

A: 創業時頃(1976年)は、日本の機械技術力は欧米に比してかなり低かったので、自分達は「会社が小さくてもスイスにあるような、世界に通じる製品を創り、技術者が恵まれる会社にしよう」というのが会社設立のスローガンでした。

最初にトヨタ自動車と共同で、自動車ライン向けに高精度で耐久性の高いスイッチーの製品を開発しました。次いで開発したNC工作機械用ツールセッタは、国内外の工作機械メーカに採用され、現在では62カ国、のべ30万台の搭載実績があります。

(写真右、トヨタ自動車と共同開発 MT-パルサー)

小さく生まれた会社も今では、日本の国際工作機械見本市の常連になり、今年はドイツのEMO、北京、など世界の国際展示会に出展するまでに成長したことは、感無量なものがあります。

これは一重に他社のまねをしない製品を自ら設計し、製品にたずさわった多くの社員の協力、小企業を認めてくれたお客様のおかげと感謝しています。




Q: 転職活動をするにあたってのアドバイスをお願いします

A: まずは漠然とでもいいから、転職・会社選びをする前に、自らの志を立てることが大切ではないでしょうか。

自分の学生時代を思い出しても、こうして今ある自分への志が、すでに現れていたように思います。自分の内なる声に静かに耳を傾け、はっきり自分の志が決まれば一番よいのですが、まだ決まっていなければ減点法で不向きなことを削り落としていく。

選択するということは、自分にとって何を残し、何を捨てるか?ということを能動的に行っていく作業だとおもうのです。

それも、白か黒かの選択ではなく、グレーゾーンのなかでの選択がほとんど、世の中話はそう単純ではないという事です。

受身だと、商業ベースの情報に振り回され、会社に一目ぼれで結婚したのはいいが、当てが外れて、早々に離婚となる可能性が高い。

せっかく苦労して入った会社を3年以内に「こんなはずでは」ということで3分の1以上の人がやめてしまうのは、就職希望者の側にも原因があるのではないでしょうか。

そういう事態を避けるためにも、商業ベースでない情報、ご両親や兄弟、親戚、友人、先輩など、利害関係なく本音で接してくれる方々から、恥ずかしがらずに人生節目のアドバイスを受けることも重要だと思います。

3年に満たない就業で転職を繰り返したり、腰掛け的に派遣社員で働いても、実力のつくキャリアの形成には、少しもつながらないし「あなたの好きなようにやっていいのよ」と親から言われている人に限って、自分が意思を持って選択しているつもりでも、実は商業ベースにのせられた進路選択をしてしまっていることが多いように感じられます。




Q: メトロールの将来を教えてください。

A: 「第二の創業をなしとげよう!」というキャッチフレーズのもと、2005年9月に2回目の社屋移転をおこないました。
光通信、フルIP電話、コージェネ床暖房、働きやすい職場環境を、社員の意見を反映させながら創りました。

以前の社屋は戦前の建物で古い上に、増える注文をこなすため、スペースも狭くなり、皆さんを受け入れるには限界があったのです。

メトロールは、IT企業のような急激な発展はありませんが、30年かけて確実に成長し続けています。
特にインターネットの登場は、私達のように技術力はあるものの、PR力の小さい会社でも、知恵を使えば世界中にネットワークを作ることができることを教えてくれました。

世界中のお客様から注文を頂き、この3年で売上が2倍になりました。
2007年は、台北・上海・北京・ハノーバー(独)・シュトゥットガルト(独)・ソウルでの展示会に出展しました。

いたずらに会社の規模を追うのではなく、一人一人の社員の創造性と成長とともに強い会社になっていく、お客様の信用があがって行けば社会の要請で自ずと会社は大きくなって行くものではないでしょうか。これは今後入社される方々にかかっていることです。


 
 

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